契山館 東京支部のブログ

東京が危ない! 霊的な環境の悪化が進む中で、最後に残された解決策はただひとつしかない。それはあなたが霊的な真実を知り、目覚め行動することである。

なぜ信じる人となったのか

自分はどうして師のことを信じられるのだろう、霊魂のことを信じられるのだろう。まずは人それぞれだと思います。中には天の声を聴いた(!)という方もいらっしゃるのかも知れませんね。

先日、投稿させていただいた際には、奇跡を目の当たりにしたことがきっかけだったと書きましたが、奇跡を起こせる人=人生を託せる人、ではないですね。ですので、全く言葉足らずでした。自分の中のパラダイムが変わり、それからずっと霊魂の道を歩ませていただいたのは、やはり師の存在を何度か目の当たりにしたからだ思います。

いきなり話がそれるようですが、古い会報の、恐らくは師の直接の言葉に、「私は親鸞が好きである」の一言があったと思います。親鸞は、「師の法然の言葉に間違いがあって地獄に落ちたとしても本望である」と言ったそうです。

親鸞は生前、何らかの霊的知覚を持っていたという記述は残っていません。自分の霊的知覚でなく、念仏を広めることを中心とした精力的な宗教活動と、師の法然の存在そのものから、念仏の力を信じることができたのではと思います。無論、師の法然も霊的知覚はなかったのではないでしょうか。

法然との出会いがなければ、親鸞比叡山で学僧として勤め、ゆくゆくは天台座主として京の都を見下ろす人になっていたかもしれません。しかし親鸞は全てを擲って、都では危険分子として扱われていた法然のもとに駆け込むこととなりました。

比叡山からは、様々慰留活動や変節を批判する声もあったでしょう。お前はなぜそうまでして、と理由も問われたと思います。

その理由はもちろん私には分かりません。しかし想像しています。法然の書いたものや噂だけではなく、法然の講座を何度か聞いたからではないかと思います。

この人は本物である、この人は正しい、理詰めではなく、存在がそう訴えかけている、そう思ったのだと思います。法然天台座主となる道を約束されていたにもかかわらず、真実を求めて比叡山を下りた先達だったのでした。

いつも危険に晒されながらも、柔和な人格を持ち、周りの人をいつも感動させ、恐ろしく能力・見識があり、ポジティブで愛らしく、弟子と共に泣き笑いができる師匠は、他にない、この人に人生をかけてみたい、と思ったのだと思います。つまり、ずっと一緒にいたい、弟子でいたい、ということだったでしょう。

もちろん、親鸞と自分自身を比べようとする訳ではありません。

人が宗教活動に邁進するきかっけは、やはり人ではないかと思います。理詰めや、説得や、奇跡の呈示ではない。他の人のきっかけとなるような人材が、世の中に少しでも出て行くことだと思います。

師の教えが広められなければ人類に救いはないのにも関わらず、師は一人だけです。一方では、宗教を主張する人は、集団は、まずは否定されるところから始めないといけません。

協力し、助け合い、カバーし合い、守り合いながら、進むべきと思います。やがてはこのチームワークが、人を感動させる日も来ることを祈ります。

 

 【投稿者:イタル】